コノライフ

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透明アンサー

 何もかもがつまらなかった。

 毎日毎日何の目的もなく通っている建物も、何十人といった自分と同年代の人間と一緒に詰め込まれるあの部屋も、前で誰でも一回聞けば分かるような話を繰り返す人間も、周りでどうでもいい話で盛り上がっている連中も、これまでの人類の知識の上澄みだけが印刷された再生紙の束も、窓から見える外の景色も、

 

 ......そんな現状を変えようとしない自分も。

 

 嫌で嫌でたまらなかった。

 でも、毎日毎日通っているのはなぜだろう。

 その答えだけは、分からなかったし、分かろうともしなかった。

 

 

 

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 ぼんやりと前を向いていた。

 黒板に書かれては消え、書かれては消えていく文字を眺めていた。

 なぜ教科書に書かれていることをまた黒板に書き直すのだろう。

 それに何の意味があるのだろうか。そうすることによって、生徒の理解が劇的に深まるわけでもないだろうに。

 そして、なぜ周りの連中は忙しそうにシャーペンを走らせているのだろうか。

 前の教師と同じことをして何を得ようとしているのだろうか。

 教科書に書いてあるんだから、もしやるとしても教科書見ながらやればいいだろう。

 板書をするにしても、教科書に書いていないことだけ書けばいいのではないか。

 それでも、その行為に意味があるとは思えないけれど。一目見れば分かることをノートにわざわざ書く必要性を感じない。

 それに、その教科書に書いてある内容だってたいしたものではない。一回読めば、すぐ分かることばかりだ。

 教科書に目を落として、たいした意味もなく文字列を追いかける。

 文字を見て、それが脳内で意味を持つ存在になっていく。

 まるで、教科書が何か言っているみたいだ。 

 そんな馬鹿な事を考えていると、横の席から本当に何かを言う声が聞こえた。

 

 「ねえ、シンタロー。私、あの先生が何言っているか分かんないんだけど」

 

 アヤノが俺にそう話しかける。

 そうか、今まで普通に話していたから気づいていなかったが、アヤノはもしかしたらそうなのかもしれない。

 

 「お前、耳悪かったのか?病院行って見てもらったほうがいいと思うぞ」

 

 「いやいや、そうじゃなくって!聞こえないんじゃなくて、言っていることの意味が分からないってことだよ」

 

 アヤノの言葉を聞いて、少しだけ困った。

 どういうことなのだろう。何も難しいことは言ってないと思うが。

 俺が頭を悩ませていると、

 

 「シンタロー、困ったような顔してるけど、そのまんまの意味だからね。シンタローは頭いいから分かるのかもしれないけど、私には全然分からないんだから」

 

 アヤノが少しムッとした顔で言う。

 何が難しいのだろうか。教科書に書いてあることそのまま理解すればいいだけじゃないか。

 こんなただの事実の羅列、理解するなというほうが難しい。

 俺が何も言わないでいると、

 

 「だから、放課後、勉強教えてね」

 

 そう言って、アヤノはノートに視線を戻した。

 

 

 

 

 

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 「シンタローは何でも分かるんだね~」

 

 「俺には、何でお前がこんなことも分からないのかが一番分からない」

 

 放課後の教室。俺とアヤノの勉強会が始まっていた。

 勉強会といっても、俺が教える一方である。

 

 「シンタローは教え方も分かりやすくてすごいね。ノートも普段取らないのに」

 

 「逆に何でノートを取るんだ?疲れるだけだし、意味もないと思うが」

 

 俺はアヤノに尋ねる。知らなくてもいいことだったが、少しは不思議に思っていたので、アヤノに聞いてみる。

 

 「そりゃあ、いろいろあるよ。書くことで分かるようになることもあるし、家帰って忘れちゃっても、見返せば思い出せるしね」

 

 「一回見れば、覚えられるし、ほとんど教科書に書いてあるだろ」

 

 「そりゃそうかもしんないけど、一回見ただけで覚えられるのなんてシンタローだけだよ?私なんて、何回見ても覚えられる気がしない」

 

 アヤノの言葉を聞きながら、そういうものなのだろうかと考えていた。

 まあ、確かにそうなのだろう。小さい頃から、物覚えはいいほうだと言われていたし、妹を見ていれば覚えることが苦手な人がいることは分かる。

 

 「まあ、それならそれで何回も覚えなおすしかないと思うぞ」

 

 アヤノが少し落ち込んだような表情で、

 

 「そうだよね、せっかくシンタローが教えてくれたんだから、しっかり覚えないとね。成績も上げたほうがいいもんね」

 

 確かにアヤノの成績はあまりよくなかった。俺が教える意味はあるのだろうかと毎度毎度思う。

 けれど、俺はアヤノに勉強を教えている時間が嫌いではなかった。

 アヤノは俺にないものをたくさん持ってる。俺なんかより、よっぽどいい奴だ。

 そんなことを考えていると、アヤノが話し出す。

 

 

 「でも私にはシンタローがいるから大丈夫だね。こんなに教えるのがうまいんだから、将来は先生にでもなったら?」

 

 「勘弁してくれ」

 

 

 アヤノは笑顔で俺に向き直る。

 

 「じゃあ、シンタローは将来何になるの?あ、頭がいいからお医者さんとか、弁護士とか?」

 

 「お前の中の頭がいい奴はそんなイメージなのかよ」

 

 「うん!もしシンタローがお医者さんになったら、私が病気になったとき見てもらいに行くね」

 

 「医者になんかならねえよ」

 

 いや、なれないの間違いだ。俺みたいな人間が、人を救うなんてどうかしてる。

 

 「えー、じゃあ何になるの?」 

 

 「そんなもん、将来の俺に聞いてくれ」

 

 将来のことなんてまるで分からない。分かろうともしていない。

 自分がやりたいことも、成し遂げたいことも、何一つない俺にはあまりにも難しいことだ。

 学校の問題ならすぐに分かるのに。

 答えが用意されているものならすぐに分かってしまうのに。

 そんなことを思っていると、アヤノが話し始めた。

 

 「私もね、分からないや。将来のことなんて。シンタローが分からないんだから、私にだって分からないよね。でもね、それでいいと思うんだ。将来のためよりも、今やりたいことをやったほうが楽しいよね」 

 

 「......そうかもしれねえな」

 

 そう答えながら、俺はふと他に誰もいない教室を見た。

 今やりたいこともないのに。そう思いながら、俺は空っぽな教室を眺めていた。

 

 

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 この間受けたテストが今日返ってくるそうだ。

 教師に名前を呼ばれ、教卓まで足を運びテストを受け取る。

 自分の席に帰り、結果を見る。

 出来栄えならそれは、まあ良いほうだろう。

 三桁満点の再生紙を眺めながら、そんなことを思った。

 ふと横を見ると、アヤノが少し恥ずかしそうに笑っていた。

 あまり点数が良くなかったらしい。

 

 「シンタロー、今回もダメだった......」

 

 「せっかく教えてやったのに」

 

 そう言いながら、俺は自分の再生紙に目をやる。こんなもので満点取っても、あまり意味は無いだろう。

 

 そして、テストが返し終わったら、いつもの退屈な授業が始まる。

 また、無意味に時間が過ぎるのを待たなければならない。そう思いながら、教科書を眺めていた。

 俺は外の世界にあまり目を向けなかった。いや、向けたくなかった。

 きっと分かってしまうから。どんなに素晴らしいことであっても、俺は無意味だと思ってしまう。それが分かるのが怖かった。

 外の世界には可能性を持っていてほしかった。こんな俺でも、楽しいと思えることがあるんじゃないかという可能性を。

 自分で動かず、そのままにしておけば可能性は消えない。

 その淡い期待にすがっている自分が嫌になった。

 

 「シンタロー、何退屈そうな顔してるの」

 

 アヤノが不意に話しかけてきた。

 どうやら、授業はいつの間にか終わっていたようだ。

 

 「そんな顔してたか、俺」  

 

 「してた、この世の全部が退屈だって顔」 

 

 「どんな顔だよ......」

 

 アヤノに見透かされたような気分になりながらも、ごまかしていた。

 全部、アヤノの言う通りだったのに。

 

 「それじゃほら、つまらないよ」

 

 そう言いながら、再生紙で折られた鶴を見せつけてくる。

 子どものように、無邪気な笑顔で。

 

 「何してるんだよ、テストは復習に使えよ」

 

 「へへっ、まあいいじゃん。シンタローに見せてあげたかったんだ」

 

 折った鶴を見ながら、アヤノは笑う。

 アヤノの笑い顔に俺までつられそうだ。

 

 「楽しそうだな、お前」  

 

 「そうだね、私はいつも楽しいよ」

 

 そう言いながら、アヤノは笑っていた。

 俺はそんなアヤノがまぶしくて、気づけなかった。

 アヤノの笑顔のほんの少しの影に。

 

 

 

 

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 俺は屋上でフェンスに手をかけていた。

 アヤノがそばにいたら、あまりにもまぶしくてこんな俺でも何かできるんじゃないかという気にさせられる。 

 そんなわけないのに。さんざん、思ったはずなのに。

 この世界はこんなにも、つまらないものだと。

 何もかもが解りきってしまって、そしてつまらないものだと知って。

 それを繰り返すうちに、もう何も求めようとしなくなった。

 こんな奴、消えても別に何も変わらないだろう。何もかもを諦めて、この命を志がある他の人に分けてあげたい。

 人間なんて、腐るほどいるのだから、一人くらい消えてしまっても。

 

 

 「このまま死んだって誰かが代わりになるから」

 

 こうつぶやくことも馬鹿らしい。そう思っていると、不意に体が後ろに引き寄せられた。

 

 「シンタロー、何してんの」

 

 アヤノがマフラーを俺の首に軽くかけていた。アヤノはそこでも無邪気に笑っていた。

 その笑顔を見ていると、今まで考えていたことが馬鹿らしくなって。

 アヤノのマフラーを手に取って、

 

 「何するんだよ」

 

 「シンタローがどこにもいないから、探してたんだよ。屋上にいたんだね」

 

 先に帰って構わないのに。そう思っても、なんとなく口には出さなかった。

 

 「じゃあ、シンタロー、一緒に帰ろ」

 

 アヤノがそう言うと、マフラーを再び俺にかける。

 

 「そうだな」

 

 そう言って、俺はアヤノの横に並び歩き始めた。

 この時間が、アヤノと一緒に過ごす時間が、俺は別に嫌いじゃなかった。

 

 

 

 

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 それからも、漂うように学校に通い続けた。

 無意味だと思い続けながらも通っていた。行っても、することは無駄に時間を消費することと、アヤノと話すくらいだったけど。

 

 「シンタローは好きな動物とかいないの?」

 

 「なんだよ、急に」

 

 「いいじゃん、いいじゃん。教えてよ」

 

 「......まあ、ウサギとか可愛いと思うぞ」

 

 「うっそ、意外。もっとシンタローは別の動物選ぶと思ってた。ヘビとか、イグアナとか」

 

 「なんで爬虫類ばっかなんだよ。......それに俺はあまりヘビは好きじゃない」

 

 「へぇー、そうなんだ。ウサギ、確かに可愛いよね、私も好きだよ」

 

 「......お前はどうなんだよ」

 

 「えっ?私?そうだなあ、私ね、今日来るとき黒猫を見たんだよ。可愛かったなあ。私、猫好きなんだよ。でも、他の動物も可愛いのたくさんいるから決めきれないね」

 

 「ふーん、でも黒猫って不吉な動物って言われているが」

 

 「そんなこと言っちゃかわいそうだよ、それに幸運を運んできてくれるとも言われてるじゃん。だから、私今日黒猫に会ったとき、お願い事したんだよ」

 

 「何をお願いしたんだ?」

 

 「えへへ、私の家族とシンタローがいつまでも幸せに暮らせますようにって」

 

 そう言って、アヤノは笑っていた。

 俺は、何も気づいていなかった。

 

 

 

 

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 「シンタロー、ちゃんとやってるの?」

 

 「やってるよ、さぼってねえよ」

 

 ホウキを持ったまま、アヤノは俺に話しかけてきた。

 

 「シンタロー、見て見て。これ武器みたいでかっこよくない?」

 

 アヤノはホウキを手に、ポーズらしきものをとってそう言った。

 

 「お前は小学生か」

 

 「いいじゃん、別に。かっこいいんだから。これでね、悪者をかっこよくやっつけるんだよ。正義のヒーローアヤノ参上ってね」

 

 アヤノは楽しそうに、本当に楽しそうに笑っていた。

 

 「何言ってんだよ、お前は。大体、こんなホウキなんかじゃ、すぐやられちまうぞ」

 

 「確かに、そうかもね。でも、私はピンチになっても、大丈夫なんだよ」

 

 「なんでだよ」

 

 俺がそう言うと、アヤノは俺を見ながら、

 

 「だって、私がピンチになったら、シンタローが助けにきてくれるからね」

 

 そう言って、アヤノはまた笑った。

 俺はまた気づけなかった。

 

 

 

 

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 ある日、放課後教師に呼び出され俺は職員室へ向かった。

 用事は大したものではなくすぐに済んだ。

 しかし、もうある程度時間は経っており、もう教室にいる生徒なんてほとんどいないであろう時間となっていた。

 なんとなく、自分の教室を見て帰ろうとそう思った。

 もしかしたらいるかもしれない、そんなほんの少しの期待を胸に秘めながら、俺は教室へと向かった。

 

 

 

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 期待通り、そいつはそこにいた。

 赤いマフラーを首に巻いたそいつが席に座っていた。

 教室に入ろうとしてふと足をとめ、アヤノを見た。

 

 泣いているように見えた。

 

 普段のあいつからは想像もできないような悲しい顔をしていた気がした。

 しかし、全部推測で、あのアヤノに限ってそんなことはないだろうと思い、教室に入った。

 

 「お前、こんな時間まで何してるんだ?」

 

 「えっ!?シンタロー、まだいたの!?もう、びっくりするじゃん」

 

 そう言うアヤノはいつも通りの笑顔に戻っていた。

 

 「まだいたの、はこっちのセリフだ。こんな時間まで何してんだよ」

 

 「シンタローこそ何してたの?」

 

 「俺は教師に呼ばれて、手伝いさせられてたんだよ」

 

 「ホントに?授業中、態度悪いから怒られたんじゃないの?」

 

 「そんなわけあるか」

 

 アヤノのからかうような顔を見ながら俺は教室の後ろに立っていた。いつも通りの会話だったような気がした。

 ふと気になって聞こうとした。

 

 「お前、今......」

 

 「何、シンタロー。何にもないよ、私誰もいない教室って興味あったんだよね。ほら、何かが起こりそうな気がしない?」

 

 「しねえよ、別に」

 

 やはり俺が見た光景は気のせいだったか。あのアヤノに限ってあるはずないもんな。

 

 「じゃあ、シンタロー、一緒に帰ろっか」

 

 「そうだな」

 

 そう言って、俺たち二人は教室を出た。

 これが最後のチャンスだったと、俺がそう気づいたのは何もかもが手遅れになった後だった。

 

 

 

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 ある日の教室、何か違和感があった。いつもならくだらない話で、盛り上がっている周りの連中が今日は静かだ。 

 何かあったのか。そう思いつつ周りを見渡すと、何人か泣いている奴がいた。

 何か悲しいことでもあったのか。関わったこともないから、知る由もないけれど。

 そう言えば、泣いている奴の手には花が握られている。誰か転校でもするのか。まあ、どうでもいいか。他の奴らのことなんて。

 そして、授業が始まった。また無駄に時間を消費しなければならない。

 教師の話を聞いているふりをしながら、教科書を意味もなく眺めていた。

 今日は静かだ。ふと横を見た。誰もいない席を見る。あいつが休むなんて珍しいな。まあ、あいつも人間だし、体調を崩すことだってあるか。 

 そういえば、明日テストが返ってくるらしい。

 俺のテストは代わり映えしないだろうけど、あいつはどうだろうか。

 俺が教えたところくらいはできていてほしい。

 そう思いつつ、学校での一日を過ごした。

 

 

 

 

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 次の日。また横の席には誰もいなかった。

 誰もいない代わりに、机の上に花瓶に入れられた花が置かれていた。

 あいつ、あの花好きだったっけ。

 聞いたことがないから分からなかった。

 そして、授業が始まる。また退屈な時間が訪れる。

 テストが返却され、席に戻る。

 

 あまり見ない窓の外を見た。青い空がどこまでも広がっている。

 あの空も窓際の空いた席を見るのは、初めてではないだろうか。

 そこからはどう映っているんだろう。この空いた席に何か思うところはあるのだろうか。

 ふと自分のテストに目をやる。

 三桁の数字を見ながら、思い出す。

 

 『シンタローは何でも分かるんだね~』

 

 

 気づくと俺は、席を立って走り出していた。

 

 

 

 

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 走りながら、心臓がはち切れそうになりながらも、頭だけは冷静に動いていた。

 教室から走って出るときに周りの連中から視線を感じたような気もするが、そんなことはどうでもよかった。

 

 分かっていたんだ。もう何もかも手遅れになってしまったことに。

 周りの連中が泣いていた理由も、前で教師が重い雰囲気で話している内容も、俺の横の席に誰もいない理由も、代わりに置かれていた花が、友達へのプレゼントとして贈るような花じゃないことも。

 

 

 俺の不甲斐なさも。

 

 

 屋上について、フェンスに手をかけ下を見ていた。

 本当に嫌になる。何もかも分かったふりをして、何もかもを冷めたような目で見て、何もかも気づいてやれなかった自分が。

 あいつは、何度も隠し通して笑っていたのに。

 俺は、何にも気づいてやれなかった。

 何が三桁満点だ、物覚えがいいだ。何一つ分かっていなかったくせに。

 こんなことも分からないような奴が、近くにいる大事な人さえ救えないような奴が。

 生きている意味って何なんだ。

 本当に心の底から不思議に思う。

  

 

 あいつがくれた折り鶴を見ながら、フェンスの向こうを見る。 

 すると、向かい側の建物の屋上に、百点の翼を持った鶴が置かれていた。

 何かが頬を伝う。

 それが何なのか、それすらも俺には分からなかった。

 ただ、ある日の放課後の教室で見たあいつの頬を流れるものと同じものだということは、はっきりと分かった。

 

 ここから飛び降りていなくなったあいつの笑顔を俺は明日も忘れない。

 

 そう思いながら、俺は屋上を後にした。

 もう二度とここに来ることはないだろう。

 あいつがいたこの場所とも、あの部屋とも、あいつとの時間とも。

 もうお別れだ。

 

 

 

 

 

 

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 アラームが部屋で鳴り響く。人の気も知らないで、無機質な音が鳴り続ける。

 少しはこっちの事情も考えて静かにしてくれよ。

 セットしたのは、自分なのにそんなことを考える。

 

 「冷たい奴だな」

 

 そうつぶやいた。アラームを止めた。

 学校に行くためにセットしていたアラーム。

 止めるたびに思い出す。

 なぜ気づいてやれなかったのかとそう自分に問いかける。

 もう終わったことなのに、そんなことをしてももうあいつは戻ってこないのに。

 さんざん思っていたじゃないか。無意味だって。

 この世の全ては無意味なものだって。

 終わったことをグダグダ考えることなんか、本当に無意味なことじゃないか。

 そう頭では分かっていても、なぜか俺はその無意味なことを考えずにはいられなかった。

 

 学校は休んだ。特に理由もない。

 次の日も学校を休んだ。 

 その次の日も、その次の日も。

 

 もともと、行く理由なんてなかったのに、なぜあんなに通い続けることができていたのか。

 その理由も、もうはっきりと分かっていた。

 

 あいつがいない学校になんて、行く意味がない。

 やっと分かったよ、嫌々ながらも毎日毎日学校に行っていた理由が。

 そして俺自身でその理由を消してしまった。

 もう、行く必要もない。

 このまま、自分の殻に閉じこもって生きていこう。

 そうすれば、何にも失望することなはい。 

 明日も見えないままでも、ぬるま湯に浸かって生きていこう。

 

 

 

 こうして、如月伸太郎は楯山文乃の死をきっかけに引きこもり始めた。

 

 

 

 

 

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 もう死んでしまおうか。

 パソコンの光を浴びながらそんなことを考えるようになった。

 こんな人間いなくなっても、誰も困らないだろう。

 それか、誰か俺を無理やり引っ張り出してくれ。  

 もう自分から動くことすらも、無意味だと思っているこの俺を。

 そのとき、パソコンに一つのメールが届いた。  

 

 

 「ん、なんだこれ?」

 

 俺は何にも考えずにそのメールを開いてしまった。

 この後に起こる悲劇なんて想像もつかなかった。

 また、外に出ることになろうとは。

 そんなこと頭の片隅にもないまま、俺はメールを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 「今日からよろしくお願いしますね!ご主人!!」

                                    了